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「特撮ファンの部屋」

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○愛嬌は映画を救えたか(宇宙大怪獣ギララ)

 昭和41年といえば、ウルトラQが火をつけた大怪獣ブーム。テレビ・映画をはじめ、あらゆるメディアで怪獣達は、その存在意義を示すかのように暴れ回った。
 怪獣映画はずっと東宝の独占状態だったが、大映の「大怪獣ガメラ」が大ヒットしたことにより、怪獣映画は東宝だけではなくなった。
 怪獣ブームの中、東宝と大映に負けてはならぬとばかりに、今まで怪獣(というか特撮)映画を制作していなかった2社が立ち上がった。
 1つ目は日活の「大巨獣ガッパ」。南海の孤島に住むガッパの子供を人間がさらったため、親(父と母)が子供を助けに来るというもの。なお、有名な話だけど、このガッパのストーリーはイギリスの「大怪獣ゴルゴ」(ゴジラに影響を受けたスタッフが制作した作品。デザインも耳が違うだけの、まんまゴジラ)のパクリ。もう一つ有名なところで、企画段階での初期のウルトラマン(「科学特捜隊ベムラー」というタイトル)のデザインにも似ている(まねしたのではない)。
 そして2つ目の怪獣映画こそ、本作「宇宙大怪獣ギララ」(制作は松竹)なのです。バ〜ン!
 ちなみに「ギララ」という名前は一般公募によるもので、名前が正式に決まるまで「宇宙大怪獣(そのまんまやん)」と呼ばれていました。名前を一般公募で募集するあたり、宣伝活動してますねえ。
 ギララのデザインは、顔が鳥のような三角形で、触覚が頭から伸びていて、体は恐竜のようで、手と足には水かきが付いている。なんか鳥とカッパを合成したかのような、実に愛嬌のある風貌です。なんとなく宇宙飛行士にも見えちゃいます。
 ギララのデザインには申し分ないけど、肝心なストーリー面が弱くちゃ話にならない。そう、ギララはそのストーリー面が問題なんです。
 アストロボートなる宇宙船が宇宙を航海中、未確認の胞子を地球に持って帰ってしまう。するとその胞子は小さな怪獣(ギララ)になり、研究所を逃げ出してしまう。ギララはどんどん大きくなり、ついには身長60メートルにまで成長してしまい、街を暴れ回る。ギララを倒すことは出来ないのか?
 とまあ、可もなく不可もなくといったストーリー(よく考えたらレイ・ハリー・ハウゼンの金星竜イーマ(イミール)に似ている)ですが、はたして面白い内容なのでしょうか?
 結論から先に書いちゃうけど、「つまらない」です。
 なぜつまらないのか。作品世界から発っせられるいいようもない「セコさ」。これにつきます。
 まずギララは主題歌から始まるのですが、めちゃくちゃ場違いです。とにかく聴いてもらわないとわからないのですが、本当に意味がわかりません。ひょっとしたら最近のアニメ作品における「内容と関係ない主題歌」問題のはしりはギララかもしれません。
 最初の主題歌でまず観る気をなくしますが、次のアストロボートのシーンで再び脱力感を味わいます。ミニチュアまるだしなんです。宇宙空間も、ただの暗闇。当時の技術力を考慮しても、あまりにも情けないです。アストロボートに搭乗する隊員の一人の、つまらないジョークも付いて、さらにつまらなくなります。
 とまあ、なんだかんだ言いながらもアストロボートは宇宙空間をさまようわけです。「ま、我慢しよう。もうすぐでギララが見られる」と自分を納得させるのですが、ギララは現れません。なんとこの作品、約50分(LD片面分)もつまらない人間ドラマが展開されるのです。確かに人間ドラマがないとどんな作品も生きないのですが、怪獣映画における人間ドラマというのは怪獣の存在を盛り上げるために存在するはずです。でも本作の場合、勝手に人間が行動しているだけで、ギララにはまったく影響がありません(というより邪魔)。おまけに本作品最大の目玉(と個人的に思う)、アストロボートのキャプテンと日本人女性と外国人女性の三角関係が始まるのです。あ、でも怪獣映画で恋愛がからむ映画って結構多いか。ゴジラ(初代・84年版共)・ガメラ対バルゴン・恐竜怪鳥の伝説とか。しかしそれらはあくまでストーリー上重要な意味があるとか(初代ゴジラは特に)、ストーリーを盛り上げるために存在しているけど、ギララにおける三角関係は、ギララに関係がないのはもちろん、なんの付加価値にもなっていません。恋愛(三角関係)をからめれば、ストーリーが大人びるし、怪獣映画を観ない人達にもアピール出来るとでも思ったのでしょうか?
 しかし我慢して観続けていると、やっとギララくんの登場。いやー待ってたよ。
 だけどまたがっかりさせられます。というのも、ギララの暴れ方があまりにも今一だから。なんていうか、勝手に暴れてるとしか見えない。怪獣なんだから勝手に暴れるのは当然なんですが、やはり見せ方の工夫が必要ですよね。でもギララの場合、「とにかくなんか壊しとこ」といった感じで暴れているだけなんです。そのため、チープなセットがますますチープに映ってしまう悲劇を生んでしまっています。
 「ギャアァア」と低いトーンで鳴き続けながら、街を破壊するギララ。そのギララ目がけてミサイルが発射されてギララに命中するけど、悲しいかなミサイルがオモチャに見える。ただ作戦の指揮をとる岡田えいじさんが重厚な演技でかっこいいのだけが救い。
 ちなみにギララは口からタバコの煙を固めたかのような光弾を「ポッポ」と吐く。その仕草がかわいいので、実は結構気に入ってたりします。
 ギララを研究所から遠ざけるために、キャプテンがギララが喰うウラニュウムを積んだトラックに乗ってギララを誘導してハラハラドキドキを起こさせようとするけど、トラックが案の定オモチャ丸出しで全然つまらん。
 まあ、最終的に宇宙にあるギララニュウムをギララにぶつけると、ギララは元の胞子に戻って一件落着となる。
 でも映画はまだ終わらない。
 キャプテンと日本人女性とが本当に愛し合っていることを知った外国人女性は、失恋したことに気づき、自分の恋が終わったことを知るのだった。
 なんじゃこの終わり方は。
 これではギララの立場がないぞ。ひょっとしたらギララは、宇宙から無理やり地球に連れてこさせられた上に、三角関係の人間模様を見させられ、その上こんなつまらない映画にさせられたことに腹が立って暴れたのかも(そんな訳ないって)。
 そういえば本作制作中に監督が新聞に載せたコメントで「ギララは孤独なかわいそうな怪獣なんです」「あんまり知られてないけど、松竹の特撮技術の壁は厚い」と言ってました。確かにこんなつまらない映画にさせられて、ギララはかわいそうな怪獣ですが、「松竹の特撮技術の壁は厚い」ってホラ吹いてるとしか思えませんが。
 ちなみに子供のとき、僕はギララが観たくてしょうがなかった。存在は知っていたけど、観たことないので。友達は観ていたらしく、「最後に溶けるねん(ギララは胞子に戻るときに溶ける)」ということは聞いていた。唯一動くギララを観たのは、「変身ヒーロー・怪獣大集合!」といった感じのスペシャルの中でほんの一瞬だけ(昔はこういうスペシャルいっぱいあったなあ)。僕が15歳のとき、テレビ大阪で「ギララ」が放送されるのでうれしくて観たけど、そのあまりのつまらなさに途中で眠ってしまった(しかもギララが出現する前に。この頃は今ほど真剣な特撮ファンじゃなかったからなあ。今なら我慢するけど)。結局ちゃんと全部観たのは、1992年にLDが発売されたとき。
 とにかく本当にセコくてつまらない映画なので誰にも薦められないのですが、唯一(本当に唯一)見所があるとすれば、それはやはりギララの魅力につきます。あの愛嬌と仕草は、「本編さえ出来が良ければ。おしいなあ」と思わせてくれるぐらい、なかなかのものです。そういった理由で、実は僕ギララ好きなんです(お、とうとう言ってしまった)。
 しかしギララが復活すると聞いて驚いたなあ。確かに松竹唯一の怪獣映画には違いないけど、戦力になるのかなあ? 新しい怪獣を創造したほうが良かったりして(笑)。でも、平成ガメラの例もあるので、新ギララには期待しています。なによりギララが好きだし。でも新作本当に進んでるの? 全然情報ないけど。
 案外本編がつまらないから、逆に怪獣であるギララに魅力を感じたのだろうか? だとしたら凄い作戦だ(そんな訳ないって)。


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